より高品質な素材の開発は、いつの時代にも必要不可欠な要素であり、私たちにとって永遠のテーマでもあります。昭和5年の創業時より、瓢屋の資源開発は国内にとどまらず、良質の砂を求めて海外にもその視野を広げてきました。そして現在では、国内有数の天然資源である島根県の「三子山鉱山」、栃木県の「日瓢鉱山」をはじめ、全国各地に数ケ所の鉱山を所有。品質・粒型ともに優れた砂の採掘選鉱を行っています。現在、日本産業は歴史的転換期にあり、プロダクト・イノベーションと呼ばれる技術革新もさかんに行われています。産業の発展を担い、目覚ましい進歩をとげている科学技術ですが、そこに必要とされる素材にも優れた資質が要求され、砂もまた例外ではありません。瓢屋は鋳物砂を中心に、鉱物資源の技術開発を任務として、たゆまぬ努力を続けています。

 

会社概要
会社名 株式会社 瓢屋(ひさご)
創立 昭和5年4月
代表者 代表取締役社長
堀江 秋人
資本金 1,929万円
本社 名古屋市熱田区神宮3丁目10番10号
東京支社 東京都江東区永代2丁目19番7号


会社沿革
昭和5年4月
東京都江東区深川佐賀町にて瓢屋商会を設立、鋳物砂、鋳物用副資材の販売を関東地区を中心に開始。
昭和16年4月
瓢鋳材株式会社に改組、業務拡張、同時に愛知県知多半島野間を中心に野間砂の開発、販売開始。野間事業所の開設。
昭和26年7月
鋳鋼鋳物可鍛鋳鉄の販売会社富国産業株式会社を吸収合併し、瓢屋産業株式会社に社名改称。
昭和26年10月
可鍛鋳鉄製造を目的に大宮鋳物株式会社を設立。
昭和32年5月
営業範囲拡大と需要家のサービス向上を目的として株式会社瓢屋を分立し、鋳物砂、並びに副資材の販売強化を計る。(営業区域を静岡を中心に東西に分割営業開始)
昭和34年9月
蛙目粘土及び天然珪砂の製造を目的として土岐礦業株式会社を設立。
昭和36年12月
人造珪砂の需要増大に伴い、日瓢砿業株式会社を設立。
昭和37年7月
三重県桑名市に桑名工場設立。シェルモールドコーテッドサンドの生産、シェル中子の製造開始。
昭和38年4月
山口県下関市綾羅木に国内随一の天然珪砂を発見。弥生珪砂として、販売開始。
昭和38年10月
下関工場(水洗、乾燥)完成。
昭和40年4月
大阪府岸和田市に岸和田工場建設。シェルモールドコーテッドサンド生産開始。
昭和41年9月
島根県迩摩郡温泉津町三子山を中心に推定埋蔵量2,000万t大に及ぶ珪砂を発見、三子山鉱山と命名。
昭和44年8月
静岡県小笠郡浜岡に協力会社ひかり産業(株)の設立により遠州砂の生産開始。 その後昭和46年コーテッドサンド生産開始。
昭和44年9月
関東地区へのコーテッドサンド供給のため、下館産業株式会社を設立。
昭和45年1月
島根県江津市に島根事業所開設、三子山鉱山の珪砂を石見銀砂として、水洗、乾燥開始。
昭和48年11月
産業廃棄物(鉱さい)の収集運搬、最終処分の許可を得る。その後、各地域にて許可を取得。
昭和49年8月
桑名工場内に新鋭分析設備を完備した開発研究室を開設し、サービス向上を計る。
昭和49年10月
九州地区の鋳物砂供給基地として、福岡県京都郡苅田市に苅田事業所を開設。鋳物砂乾燥並びにコーテッドサンド生産開始。
昭和55年1月
機械加工専門工場として、株式会社瓢設立。(平成7年1月八千代産業と合併)
昭和57年2月
桑名工場の生産合理化とコーテッドサンド品質向上を計り、新鋭自動ラインを新設。
昭和57年12月
日立化成工業株式会社との技術提携に依り、下館産業株式会社、社名を日立コーテッドサンド株式会社に変更する。
昭和60年4月
株式会社瓢屋東京営業所と大宮鋳物株式会社を吸収合併して、八千代産業株式会社を設立し、鋳造部品、金型木型の拡販を計る。
昭和62年4月1日
株式会社瓢屋と瓢産業株式会社は、両者対等の精神の基に合併し、企業の体質改善強化を計り、組織の活性化、販路の充実、及び拡大・研究開発・サービス向上を主眼とする(新会社名)株式会社瓢屋として発足。
平成4年8月
桑名工場コーテッドサンド新ライン完成。 平成6年9月協力会社ひかり産業株式会社鉱さい中間処理施設完成。
平成7年7月
桑名工場、産業廃棄物(鉱さい)中間処理施設完成。桑名事業所に名称変更。
平成8年6月
苅田事業所、下関営業所、九州出張所を統合し九州事業所として発足。九州、中国地区  の営業活動強化、サービス向上を計る。

関連会社
土岐砿業株式会社
日瓢礦業株式会社
八千代産業株式会社

事業内容
鋳物砂、窯業原料の採掘ならびに製造販売
シェルモールドコーテッドサンド製造販売
鋳物製品の販売
サンドブラスト材料、建築材用珪砂の販売
プラント設計施行
鋳物材料の産業廃棄物の再生処理、収集、運搬、最終処分
上記に附帯関連する一切の事業